今、国会では共謀罪を創設するかどうか大きな焦点になっています。政府は、東京オリンピック・パラリンピックに向けてテロ防止のために共謀罪の創設が必要だと強調しています。しかし、本当に共謀罪の創設が必要なのでしょうか。
日本では、国に刑罰権を付与して、私的な制裁を禁止しています。これは、私的な制裁を許すと、個人の判断で自由に制裁が行われることになり平穏な社会が実現できなくなるおそれがあるためです。しかし、国に唯一の刑罰権を付与することも危険な面があります。国が暴走して個人の基本的人権を侵害するケースも生まれかねないためです。このため、日本の刑罰体系は、国が恣意的に刑罰権を行使しないよう、謙抑的な制度となっています。
日本の刑罰法制は、ある行為によって法益侵害が発生したときに刑罰権の発動がなされるのを原則としています。いわゆる犯罪行為によって結果が発生したとき(既遂)に処罰されることを原則にし、一部の犯罪については、犯罪行為に着手して結果が発生しなかったとき(未遂)も処罰の対象としています。そして、極々例外的に、犯罪行為に着手していなくても準備行為を行っただけで処罰されるという犯罪(予備罪)も僅かながらあります。しかし、これは例外中の例外と言ってもいいでしょう。
要するに、日本では、目に見える客観的な結果が発生したときや外形的に判断できる犯罪行為がなされたときに刑罰権が発動されるということが原則であり、しかもその犯罪に当たる行為がどのような要素によって構成されているのか予め明確にしておくという原則があります(罪刑法定主義)。このような縛りをかけることによって、国に帰属させている刑罰権の行使が恣意的になされないよう歯止めをかけているのが現在の制度なのです。
しかし、共謀罪が創設されると、様相は一変してしまいます。共謀罪の最大の問題点は、犯罪行為に着手しなくでも処罰できるところにあります。つまり、ある犯罪を実行しようという合意が成立した段階で処罰しようというものです。まだ、犯罪行為という外部に現れた危険行為もなく、法益侵害の結果も危険性もない段階で処罰することを原則とするわけですから、現在の処罰体系とは根本的に変わることになります。
しかも、このような共謀罪を訴罰の基本にするということは、これを摘発するための捜査手法も変わってしまうことになります。今までは、犯罪行為によって益侵害の結果が発生してから、その痕跡を追いかけて犯人を摘発するというやり方ですが、共謀罪の場合には、法益侵害の結果発生前で、かつ、犯罪行為の着手前の計画段階で摘発しなければならないことになりますから、捜査手法としては痕跡から犯人を追いかけるのではなく、捜査機関が「組織的犯罪集団」とみなした団体について日常的に監視する、その団体に捜査員をスパイとして潜入させるというような手法が普通となります。日常的な盗聴行為(通信傍受)でプライバシー侵害の危険性が高まると共に、司法取引を利用しての密告を勧め犯罪をでっち上げる危険性が高まりかねません。
このように、共謀罪の創設は、捜査機関の刑罰権の行使が恣意的になされないよう歯止めをかけてきた縛りがはずれ、捜査権限が拡大して国民の権利が侵害される危険性が増大することになります。
政府の説明によれば、平成12年に国連総会で採択された「国際組織犯罪防止条約」を批准するために共謀罪の創設が必要だと言ってきました。しかし、この条約は、アメリカの同時多発テロ(2001年9月11日)が発生する前に採択されている条約であり、テロ防止を目的とした条約ではありません。この条約は、マフィアや麻薬密売組織など国境を越えて犯罪行為を実行する犯罪組織を念頭において、資金洗浄(マネーロンダリング)や司法妨害を犯罪とするよう締約国に求める条約であり、テロ防止とは直接結びつかないのです。因みに。テロ防止のための国際条約はいくつもあり、日本もすでに批准して国内法も整備されています。
→ (http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/terro/kyoryoku_04.html)
また、この条約は、「条約に定める義務の履行を確保するため、自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置をとる」ことを求めているだけで、国内法の原則を覆してまでも共謀罪の創設を求めているものでもありません。
このように、テロ防止を目的にしていない「国際組織犯罪防止条約」の批准のために、テロ防止を目的とした共謀罪の創設が必要であるとしてきた政府の説明は破綻しています。共謀罪は、捜査機関の権限の拡大と恣意的な運用を助長し、日本の社会を監視社会にしてしまいかねません。そして、そのことを通じて、国民の基本的人権が侵害され、息苦しい社会を招来しかねない危険を孕んでいます。