【事案の概要】
福島市に居住し生活保護を受給している母子世帯の子どもが,希望する高校に通うお金に充てるため,中学生の時に努力して優秀な成績を収め,給付型奨学金を得られることになりました。
しかし,子どもが高校に入学し,実際に奨学金が給付されると,福島市福祉事務所長は,2014(平成26)年4月及び5月に,その奨学金の全額を収入認定し,同額の保護費を減額する処分を行いました。
この処分により,母子は,高校に通う費用を捻出するため,食費,光熱費,衣服代などの生活費を削らざるを得ず,困窮した生活を強いられたことにより精神的苦痛を被ったとして,福島市福祉事務所長が行った処分の取消し及び国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(慰謝料)の支払いを求め,2015(平成27)年4月30日,福島地方裁判所に訴えを提起しました。
訴え提起後に,厚生労働大臣が処分を取り消す裁決を下したので(詳しくは2015年9月1日メッセージ参照),裁判では,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任が認められる要件である,
(1)福島市福祉事務所長が行った処分が,公務員が職務上尽くすべき注意義務に違反して行われた違法な処分か否か
(2)処分により,母子に損害が生じたか否か
という2点が争点として残っていました。
【判決の内容】
争点(1)について
判決は,今回の処分は,公務員が尽くすべき注意義務を尽くさずに行った違法な処分であると認めました。
その理由として,判決は,
・保護費で賄えない就学費用が現実に発生した場合,支給された保護費を優先的に就学費用に充てることは当然に予想されることであり,その結果,生活費が不足することも十分にありうるのだから,奨学金を収入認定することについて,実施機関は慎重な態度で臨むべきであること。
・実施機関には,保護世帯に対して,奨学金の使途によっては収入認定されない場合があることや,その検討のために,どのような資料を収集すべきかなどについて適切に助言する義務があること。
・奨学金を収入認定の除外とするか否かについての調査義務は,一次的には実施機関にあること。
などと指摘し,福島市福祉事務所が,処分の前に何らの調査・検討を行わなかったことは,上記の義務に違反し公務員に与えられた裁量権を逸脱したものとであり,本件各処分はいずれも国家賠償法1条1項にいう違法があると判断しました。
争点(2)について
本件では,処分の後に,福島市福祉事務所が,処分を取り消していないのに「追加支給」として減額した保護費と同額の保護費を支給してきたので,事後的には経済的損失は填補されたという特殊性がありました。
そこで,被告は,裁判中「原告らに損害はない」と主張していましたが,裁判所は,被告のその主張を認めませんでした。
その理由として,判決では,
・奨学金が収入認定されて保護費が減額されたとしても,高等学校への通学を継続しなければならず,その結果,生活費をきりつめて困窮した生活を送らなければならないから,事後調整や追加支給は合理性がない。
・実際に,きりつめた生活を余儀なくされ,高校就学を経済的に支えることができなくなるかもしれない母親の不安は相当程度に深刻であったこと。
・子どもにとっても,努力して奨学金を獲得したにもかかわらず,これを事実上没収されたことにより,自らの努力を否定されるような経験をしていること。
などと指摘し母子に精神的苦痛が生じていることを認め,経済的損害が填補されたとしても,なお賠償に値する損害が現に生じたことを認めました。
通常,経済的な損害が補填されれば精神的な苦痛はないとみる裁判例が多い中,本判決は,生活保護世帯の母親と子どものそれぞれの精神的苦痛に踏み込んで損害の発生を認めたものです。
また,子どもが就きたい職業に就くための第一歩として,希望する高校に通うために努力して得た奨学金を取り上げてしまう福島市の生活保護行政に対しても,警鐘を鳴らすものになると思われます。
その意味で,今回の判決は,今後の生活保護行政に一石を投じる大きな意義を持ったものといえます。
ただ,被告である福島市には,今後,この判決に対し控訴するという手段が残されています。
弁護団や当事者,支援団体としては,今後,福島市に対して控訴しないよう働きかけるとともに,不適切な運用を改め,より良い生活保護行政となるよう働きかけていく予定です。