離婚による精神的苦痛に対する慰謝料を,別れた元妻の不倫相手に請求できるか否かについて,2019年2月19日,最高裁判所において初めての判断が下されました。
この裁判の原告である男性Aさんの元妻は,平成20年から22年頃まで,当時の同僚の男性Bさんと不倫関係にありました。Aさんは,平成27年に元妻と離婚をした後,Bさんに対して,婚姻期間中にBさんが元妻と不貞行為に及んだことにより離婚を余儀なくされたとして,離婚に伴い被った精神的苦痛に対する慰謝料として,500万円の支払いを請求する裁判を提起しました。
配偶者(夫や妻)のある者と不貞行為に及ぶことは,他方の配偶者への権利侵害に当たりますので,その他方の配偶者は故意または過失によって権利を侵害した不貞相手に対して,「不貞行為に及んだこと」を理由として,自分が被った精神的苦痛に対する慰謝料を請求できます。
これに対し,この裁判では,不貞行為が発覚した結果,離婚をするに至った場合に,「不貞行為に及んだこと」そのものではなく,「不貞行為により離婚に至ったこと」についての精神的苦痛に対する慰謝料を,配偶者ではなく,不貞相手に対して請求できるのか,という点が問題となりました。
この裁判においてこの点が問題となったのは,慰謝料請求の期間制限の問題があったためです。つまり,元妻とBさんとの不倫関係が発覚してからは3年が経過しており,裁判を起こしても,「不貞行為に及んだこと」についての慰謝料の請求権は時効により消滅しているとの反論がBさんよりなされてしまいます。そこで,Aさんは,「不貞行為に及んだこと」ではなく,「不貞行為により離婚に至ったこと」についての精神的苦痛を主張したものと思われます。
第1審,第2審の裁判所は,Aさんの主張を認め,Bさんに対して慰謝料の支払いを命じました。これに対して,Bさんが不服を申し立て,最高裁判所において審理がなされることになりました。
結論として,最高裁は,「不貞行為により離婚に至ったこと」を理由とする,Bさんに対する慰謝料請求を認めませんでした。
最高裁は,不貞相手はその夫婦を離婚させたことを理由とする責任を原則的には負わず,その不貞相手が,単に不貞行為に及んだというだけではなく,その夫婦を離婚させる意図で,夫婦の関係に対する不当な干渉をするなどして,その夫婦が離婚せざるを得ない状況を作ったという「特段の事情」があるときに限って,不貞相手はその責任を負うと判断しました。その上で,Bさんに関しては,そのような「特段の事情」はないと判断しました。
最高裁は,このような判断の理由として,離婚は本来当該夫婦の間で決められるべき事柄であることを述べています。現実にも,不貞行為が発覚したとしても,必ずしもその夫婦が離婚に至るとは限らず,不貞行為が発覚して何年も経ってから離婚をするという場合もあるでしょう。そうだとすれば,不貞相手に「離婚」についての責任まで負わせるのは行き過ぎである,というのが最高裁の判断です。
もっとも,不貞相手が「不貞行為に及んだこと」についての責任を負うことには変わりありませんし,「不貞行為に及んだこと」についての慰謝料の額を決める際には,「結果として離婚をした」という事情も考慮されるのが通常です。また,「不貞行為により離婚に至ったこと」の責任を,不貞行為に及んで離婚の原因を作った配偶者が負うことも変わりはありません。その意味では,今回の最高裁の判断が実務に及ぼす影響はそこまで大きくはないと思われます。