1 事故とその後の経緯
はじめは,よくある軽微な追突事故に過ぎませんでした。Aさんは,信号待ちで停車中に,後続車両に追突されました。双方の車のバンパーが損傷した程度で,Aさんも病院で軽いむち打ちと診断されていました。しかし,Aさんは,事故後,体のしびれや疼痛,頭痛やイライラ感など,様々な心身症状に見舞われるようになりました。Aさんは整形外科や心療内科など,様々な医療機関を転々としましたが,原因は分かりませんでした。そんなある日,「脳脊髄液減少症」のことを知り,わらにもすがる思いで,専門医の診察を受け,脳脊髄液減少症と診断されました。しかし,治療によって若干の改善はありましたが,すぐに逆戻りしてしまいました。Aさんは,その後しばらくして自殺されました。
2 裁判の経緯
ご両親からの依頼を受け,脳脊髄液減少症という後遺症に悩んだ末の自殺であり,自殺と事故との間に因果関係があるとして,死亡慰謝料,逸失利益などの支払いを求め,加害者を被告にして裁判を提起しました。
被告は,事故が軽微であって重篤な後遺症をもたらすとは予見できなかった,脳脊髄液減少症は診断基準も確立されておらず認められないなどとして争ってきました。
確かに,当時,脳脊髄液減少症については,近年になって提唱された診断名であり,診断基準が確立されておらず,裁判例でも脳脊髄液減少症を認めたケースはほとんどありませんでした。そこで,当方は,脳脊髄液減少症にこだわらず,事故とその後の心身症状,そしてその後の自殺との因果関係を立証することにしました。幸い,Aさんが通っていた精神科医の先生が協力してくれ,Aさん本人に事故以前に精神病等の素因はなかったこと,事故後,事故に起因すると思われる様々な心身症状に苦しんだ末,うつ状態になり,これによって自殺したと考えられることなどを詳しく証言していただきました。その結果を踏まえ,裁判所から,事故による症状に苦しんだ末の自殺であり,事故と自殺との因果関係自体は認め,ただ,自殺は本人の選択によるものであるとして賠償額から相応の減額をするとの和解案が示され,これを双方が受諾し,和解により解決しました。
3 感想
脳脊髄液減少症という,新たに発見された疾病による賠償案件であり,症例・裁判例の集積も少なく,診断基準や疾病の程度についての医学的な通説もないため,この点についての明確な判断を得ることはできませんでした。しかし,交通事故後,原因は不明ながら,様々な心身症状に悩まされ,うつ病などに罹患して自殺される方もいらっしゃいます。この案件では,Aさん本人がきちんと診察を受けていたこと,詳細な日記を残されていたこと,医師の協力を得ることができたことなどから,心身症状や因果関係の立証に成功し,勝利的な和解をかちとることができました。