本稿を執筆している2020(令和2)年3月上旬現在,国内でも新型コロナウイルス感染が拡大傾向を見せています。現時点では,国内で大規模な感染拡大はまだ起きていませんが,2月27日に安倍首相の記者会見で,全国の小中高校等を3月2日から春休みまでの間,臨時休校とすることを「要請」したことを受けて,学校現場での混乱や家庭での不安が広がっていることも報道されています。学校の休校要請について考えてみます。
政府は,1月28日に新型コロナウイルス感染症を感染症予防法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の「指定感染症」とし,また,2月25日には「新型コロナウィルス感染症対策の基本方針」を発表しました。この基本方針では,「学校等における感染対策の方針の提示及び学校等の臨時休業等の適切な実施に関して都道府県等から設置者等に要請する」としていました。しかし,この基本方針が発表されてわずか2日後に,安倍首相が「私の責任において」として休校要請を発表しました。
法令上,感染症などを理由とした臨時休校については「学校の設置者は、感染症の予防上必要があるときは、臨時に、学校の全部又は一部の休業を行うことができる」(学校保健安全法20条)や「非常変災その他急迫の事情があるときは,校長は,臨時に授業を行わないことができる」(学校教育法施行規則63条)などの規定がありますが,これは学校設置者(公立学校の場合は都道府県や市町村など)や各学校長が決定するものであり,全国一律の休校の根拠となるものではありません。
また,新型コロナウイルスは感染症予防法上の指定感染症と指定されていますので,感染症予防法に基づいて,感染症の治療や蔓延防止のため,都道府県知事による健康診断や入院の勧告,就業制限などの措置がとられることがありますが,同法上,学校の休校については明文の根拠はありません。
2012(平成24)年に施行された新型インフルエンザ等対策特別措置法では,政府対策本部長が「緊急事態宣言」(同法32条)をした場合には,都道府県知事が学校等の施設の使用の制限等の要請を行うことができると定められていますが(同法45条2項),そもそも今般の新型コロナウイルス感染症については政府による緊急事態宣言はされていませんし,要請を行うのは各都道府県知事ですので,これも全国一律の休校要請の根拠となるものではありません。
このように見てみると,実は,安倍首相の「休校要請」には,明確な法的根拠はなかったと言わざるを得ません。安倍首相が「休校要請」の記者会見と同じ日に,新型コロナウイルス対策についての法案の準備を指示した背景には,こうした事情があったものと考えられます。
新しい感染症の脅威があるときに,緊急避難的に思い切った手段をとらなければならないという事態はありうることですが,今回の安倍首相による「休校要請」は,法的拘束力はないとしても,教育を受ける権利(憲法26条)等の人権制約をもたらすおそれがあり,適正な法的根拠に基づいて行われなければ,国民主権や法の支配など民主主義国家の根本原則をないがしろにする危険があります。
しかも,安倍首相は国会で「休校要請」については,政府対策本部に設置された専門家会議に諮ることもなく決定したと答弁しており,また専門家会議の委員からも,対策としての有効性や必要性を疑問視する意見が相次いでいます。新型コロナウィルスについては,現時点において,小規模なものも含めて学校において集団感染が生じているという事例は見当たりません。むしろ感染した場合には高齢者の重症化リスクが高いとされていますので,学校の休校より,むしろ,老人施設や介護サービスでの感染予防対策の充実を図り,支援すべきなのではないでしょうか。
安倍首相による「休校要請」は,法的根拠が明らかでないという点でも,その必要性や効果が明らかでないという点でも疑問があると言わざるを得ません。
感染症の拡大を予防することは国民の生命や身体を守るために大事なことですが,その対策と称して,私たち国民の権利が必要以上に制限されるようなことはあってはなりません。政府が現在準備中としている新型コロナウイルス対策についての法案についても,必要以上の権利制限がなされないよう,国民として適切に監視していく必要があると考えます。
(2020年3月4日)