私が経営する会社では,従業員の通勤には公共交通機関を利用してもらっており,これまで,マイカー(自家用車)による通勤を認めていませんでした。ところが,新型感染症の感染拡大を機に,従業員から「公共交通機関での通勤によって感染してしまうのが怖いので,マイカー通勤を認めてほしい」と求められています。従業員の感染予防のためにマイカー通勤を認めざるを得ないと思っていますが,何か注意するべき点はありますか?
新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため,在宅勤務や時差通勤の導入のほか,マイカー通勤の導入に踏み切る企業が増加していると報道されています(2020年4月現在)。
マイカー通勤を認める場合,通退勤の途中での事故に注意する必要があります。事故について従業員に過失がない場合,会社が特に責任を問われることはなく,怪我などがある場合に通勤災害として処理すれば足りますが,従業員の過失により事故が生じた場合,会社が被害者から賠償請求を受ける可能性があります。
まず,通勤に使用しているマイカーを会社の営業などの事業のために利用させ,その途中で従業員が事故を起こした場合,会社は,被害者に対して使用者として賠償責任を負うことがあり(民法715条),また,「運行供用者」として賠償責任を負うとされることもあります(自賠法3条。なお,自賠法上の「運行供用者責任」は人身損害の賠償のみについての責任ですが,民法上の「使用者責任」は,人身損害と物的損害とを問いません)。会社の業務で従業員のマイカーを利用する場合には,会社の指示の下に運転していたと見られるからです。会社が業務に利用することを積極的に指示していた場合でなく,黙認していた場合でも使用者責任等を負うとされる場合があります。会社としては,マイカー通勤を認める場合でも,会社の業務のためのマイカー利用は禁止するのが望ましいと言えます。
これに対して,通退勤のための運転中に従業員が事故を起こした場合,原則として会社が使用者責任等を問われることはないと考えられています。しかし,裁判例では,会社が従業員に対して通勤のためのガソリン代を支給したり,マイカー通勤者に駐車場を利用させるなどして,マイカー通勤に便宜を与えていた場合には,会社が運行供用者責任を負うとされたケースもありますので,注意が必要です。
ただし,従業員が通勤に利用する自動車に十分な任意保険がかけられていれば,使用者責任等を問われたとしても,会社が実際に多額の賠償金を負担しなければならないという事態にはならないのが通常です。
したがって,マイカー通勤を認める場合には,従業員が通勤のために使用する自動車について,対人・対物賠償無制限など十分な保障内容の任意保険に加入することを義務づけ,定期的に保険証書を提出させるなどして確認するとよいでしょう。
また,マイカー通勤を新たに認める場合,通勤手当をどうするかなども問題となります。他の通勤手段を利用している従業員との間で不公平にならないよう,労使間で十分に協議するのが望ましいでしょう。なお,公共交通機関を利用して通勤している従業員に対する通勤手当は運賃相当分が全額非課税になる(ただし月15万円が限度)のに対し,マイカー(バイクや自転車を含む)通勤の従業員に対する通勤手当は,片道の通勤距離に応じて非課税限度額が定められていますので,この点もご注意ください。