2020(令和2)年9月現在,国内ではまだ新型コロナウイルスの感染拡大が続いています。緊急事態宣言が発出されていた4~5月当時の「第一波」は何とか収束しましたが,6月末ころから感染者が再び増加し,8月上旬には全国での新規感染者数が1日あたり1,600人となり,「第一波」を上回りました。この「第二波」はピークを過ぎたように思われますが,まだ予断を許さない状況が続いています。
緊急事態宣言の背景
国の緊急事態宣言は4月7日に発出,同月17日に全国に拡大され,その後,5月14日に39県で先行解除,同月25日に全面解除となりました。しかし,その約1ヶ月半の間,外出自粛や営業自粛等によって,私たちの暮らしや経済には大きな影響と打撃がありました。
国が緊急事態宣言を発出した理由は,端的に言えば「感染が爆発的に拡大すると,保健所の体制や医療提供体制が限界を迎え,医療崩壊を起こす。医療崩壊が起これば,助かるいのちも助けられなくなる」ということでした。
しかし,緊急事態宣言が発出された4月7日時点での全国の累計感染者数は約4500人,累計死者数は約100人でした。「日本の医療は世界でもトップクラスと言われているのに,どうしてこの程度の感染者数で医療保健体制が崩壊する危険があるのだろう?」と疑問に思った方も多かったのではないでしょうか。
実は,その背景には,ここ30数年くらいの間,「新自由主義」路線によって,保健体制や医療体制の縮小が続いてきたことがあります。
まず,保健体制についてですが,感染症や地域保健法によって,地域での感染症対策の中心とされている保健所は,新型コロナ禍で,PCR検査の相談,検体採取,感染者の入院治療のコーディネート,疫学調査…など,まさに対策の最前線としてのさまざまな機能を果たしてきました。しかし,1990年ころに全国に850以上あった保健所は,この30年の間に次々と統廃合され,約半数の470にまで減らされました。保健所職員としての医師も約4割減,検査技師等も半数程度まで減らされてきました。こうした貧弱な体制の中で,新型コロナ禍を迎え,各地の保健所職員は,過重な業務負担を余儀なくされてきたのです。
医療体制についても,全国の感染症病床(病原体を外に出さないための設備が備えられた病床)の数は,1990年ころの1万2000床から,2017年には1800床となり,約7分の1にまで減少しています。重症患者をケアするためのICU(集中治療室)病床数も減少し,人口あたりの病床数では,アメリカ,ドイツ,イタリアなどをはるかに下回っています。
こうした貧弱な体制で,しかも事前の備えが十分になくワクチンや治療薬もないという中で,新型感染症の爆発的拡大を迎えたら,医療崩壊を起こしてしまうおそれがあったのは当然でした。
新自由主義とは?
日本の新自由主義路線は,1980年代の中曽根内閣時代の「臨調行革」からはじまったとされていますが,これは,一言で言えば,「行政に市場原理を導入して,行政の『ムダ』を徹底的に省く」ということでした。行政が国民に提供するサービスの中には,教育・医療・福祉など市場原理にはなじみにくいものが多いのですが,その中に市場原理(経済第一主義)を無制限に持ち込み,「行政の効率化」を旗印に,予算や人,施設をどんどん削減していくということが,新自由主義の下で一貫して継続してきました。「パンデミック」と呼ばれる世界的な感染拡大は,数十年から百年に一度くらいしか起こりません。パンデミックに備えて多額の予算と人を確保することは,新自由主義路線では「不要不急」「非効率的」と考えられてきたために備えが薄い状態となってしまい,緊急事態宣言を発出しなければならなくなったというのが真相なのです。
「エッセンシャル・ワーカー」も非正規雇用
保健・医療分野だけではありません。緊急事態宣言の中での営業自粛や外出自粛によって,経済は大きな打撃を受けました。しかし,この中で,真っ先に仕事と収入を失ったのは,企業によって「雇用調整の安全弁」として利用されてきた非正規労働者(パート,契約社員,派遣労働者,「フリーランス」など)でした。もともと,日本の労働法制では,実際に労働者を使用する者(使用者)が,働く労働者の社会保障などを確保しなければならないとされてきました。その見地から,職場の企業が直接雇用者としての責任を負わない労働者派遣は,長年にわたり禁止されてきました。ところが,新自由主義の下で,「企業の人件費削減」「多様な働き方を実現するための規制緩和」などの名目で,1985年に制定された労働者派遣法により労働者派遣が解禁されて以降,相次ぐ派遣法改正によって,派遣が許される業種や職種がどんどん増加し,今では働く人の3割以上が非正規雇用だと言われています。新型コロナ禍で「エッセンシャル・ワーカー」(医療・福祉,物流,交通・通信など,社会生活を維持するために必要な働き手)という言葉を耳にした方も多いと思います。実は,こうした働き手の中にも非正規雇用の方が多いのです。自らを危険にさらしながら社会を支えてきたにもかかわらず,身分保障もなく真っ先に首切りにあってしまう…。これでよいのでしょうか。
新自由主義ではいのちと暮らしを守れない
8月末に持病の悪化を理由に退陣した安倍晋三元首相は,自他ともに認める新自由主義者であり,自ら保健医療体制の縮小や「働き方改革」を主導してきた一人です。安倍元首相は,記者会見で「感染症対策の日本型モデルは世界的にも注目されている」などと誇りましたが,自らが主導してきた政策によって保健医療体制を掘り崩すとともに非正規雇用を増大させ,新型コロナ対応のために国民生活に大きな打撃をもたらしたことについては,一言も語らないまま退陣しました。
ここから言えることは,「全てを市場に委ねれば効率的な経済運営・社会運営が可能になる」という新自由主義の考え方では,危機への備えが不十分になり,危機に際して国民のいのちや暮らしを十分に守ることができない,ということではないでしょうか。
新型コロナウイルスの感染がどうなるのか,今の段階で見通すことは困難ですが,これから「第三波」が襲ってくる可能性も否定できませんし,新型コロナウイルス以外の新興感染症がパンデミックを引き起こすことも予想されています。こうした危機を乗り越えるためには,新自由主義を克服することがどうしても必要だと思います。現在の衆議院議員の任期は,来年(2021年)の10月であり,来年は必ず総選挙が行われることになります。一人一人の有権者が,棄権せずに賢く投票権を利用して,新自由主義の流れを止め,いのちと暮らしを最優先にする政治への転換を図ることを呼びかけたいと思います。