菅首相が日本学術会議から推薦された会員候補のうち6人の任命を拒否したという問題が,メディアを騒がせ,国会でも連日のように取り上げられています(2020年11月現在)。これについては,何が問題なのかわかりにくいという声も聞かれます。日本学術会議とはどのような団体で,会員はどのように決められているのか,そして,何が問題なのか,などについて考えてみます。
任命拒否の経過
2020(令和2)年10月1日,菅義偉内閣総理大臣が,日本学術会議から会員候補者として推薦された105名のうち6名の任命を拒否したことがわかりました。報道によれば,任命されなかった6名の会員候補者は,いずれも,過去に安全保障関連法案,特定秘密保護法案,共謀罪の創設を含む組織的犯罪処罰法改正案等について反対の立場を表明するなどしてきた点が共通しており,任命拒否の背景にこのような過去の意見表明があるのではないかとの指摘がなされています。しかし,菅首相は,「総合的,俯瞰的な活動を確保する観点から判断した」とか「個別の人事に関わる問題については回答を控えたい」などとして,個々具体的な任命拒否の理由を明らかにしていません。
日本学術会議とは
日本学術会議は,日本学術会議法に基づき,わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達等を目的として1949(昭和24)年,内閣総理大臣の下に設置された会議体です。日本学術会議は,科学技術政策等についてわが国の科学者を代表して意見表明を行うこと(政府からの諮問を受けて行う「答申」,学術会議が自ら意見を表明する「提言」等があります)や海外の学術団体との交流などを主な活動内容としており,科学技術にかかわる専門性に配慮するため,その職務の独立性が保障されています。日本学術会議の会員(定員210名)は特別職国家公務員とされ,3年ごとに,その半数が日本学術会議の推薦に基づいて内閣総理大臣により任命されます。
日本学術会議は,これまでに,数多くの答申や提言等を発表しており,最近では,新型コロナウイルス流行への対策や法整備についても提言を行っています。
任命拒否にはどのような問題があるのか
政府は,日本学術会議の会員が公務員とされていること,日本学術会議が内閣総理大臣の所管に置かれ,内閣総理大臣が会員の任命権を有していることなどを理由として,「人事を通じて一定の監督権を行使することは法律上可能である」などと今回の任命拒否について正当化しようとしています。
しかし,日本学術会議が設立された当時は,日本学術会議の独立性を担保するため,日本学術会議の会員は,科学者による直接選挙で選出するものとされており,そもそも「内閣総理大臣による任命」ではありませんでした。
その後,1983(昭和58)年の法改正により,会員の選出方法が,選挙から,推薦に基づき内閣総理大臣が会員を任命するという方式に改められました。しかし,この改正に関する国会審議においては,「政府による任命が日本学術会議の独立性等を損なわせるのではないか」との質問に対し,当時の中曽根康弘首相が「政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております」などと答弁しており,これが一貫して政府の解釈と考えられてきました。この解釈によれば,日本学術会議推薦された会員候補者について,内閣総理大臣が任命を拒否することは,日本学術会議の独立性を保障する日本学術会議法3条等の趣旨に反し,違法となります。
この点について,加藤勝信官房長官は,記者会見で,2018年(平成30年)に内閣府と内閣法制局が協議の上,「推薦と任命に関する法制局の考え方が整理された」などと述べ,また,内閣法制局担当者が野党のヒアリングに対して,内閣府と内閣法制局の協議により作成された文書には,「内閣総理大臣は,会員の任命権者として,人事を通じて,日本学術会議に一定の監督権を行使できる」などとする記載があることを明らかにしたなどと報道されています。
しかし,これらが事実であるとすれば,政府は,国会において答弁した公権的解釈を,国民への公表はおろか,国会に対しての報告すらなく秘密裏に実質的に変更していたと言わざるを得ず,政府の国民に対する説明責任という観点から見ても,重大な問題があります。
先に述べたように,日本学術会議は,科学技術政策等についてわが国の科学者を代表し政策提言等の意見表明を行うという職務から,独立性が法により強く保障されていますが,今回の任命拒否は,政府が会員人事への介入を通じて日本学術会議の独立性を侵害するおそれがあり,違法です。また,個々の候補者の過去の発言等を理由として任命拒否がされたのではないかとの疑問が残り,「政府の意向に反する意見表明をすれば日本学術会議の会員に任命されない」という前例ができてしまえば,科学者・研究者の表現の自由(憲法21条)や学問の自由(憲法23条)に対する萎縮効果が生じるおそれもあります。
日本学術会議の役割を発揮させるために
もともと,日本学術会議という組織は,科学技術などについて,幅広い専門知識や見識を持つ科学者の意見をとりまとめ,国の政策に反映させることを目的として作られたものである以上,「国の機関」といっても,国からは独立したものとして扱われる必要があり,国が人事や活動に介入することが許されるべきではありません。そうでなければ,日本学術会議は,その時々の政府の意向に対してお墨付きを与えるだけの組織になってしまい,かえって科学技術の発展を損なったり,安易な科学技術の利用により社会に害をもたらす危険があります。
菅首相らは,日本学術会議について,「閉鎖的」「既得権益」などと批判して「行政改革的観点からあり方を見直す」などとしていますが,まずは,今回の会員任命拒否という人事介入について,これを自ら改めた上で,日本学術会議のあり方を議論すべきでしょう。そうでなければ,「議論のすり替え」や「火事場泥棒」と言われても仕方ないのではないでしょうか。