Aさんは父Fと母Mと一緒に平穏な生活を送っていました。ところが、先日「Aさんの父親であるGが亡くなった。Gさんには多額の借金があり、子どもであるAさんが相続人になると思われるので、支払ってほしい。Gさんの妻のNさんも既に亡くなっていたので、Aさんに連絡した。」と債権者から連絡がありました。AさんはGさんのことを親戚程度の関係であると思っており、「父親」であるはずはないと思い、債権者に確認しました。すると、債権者がいうには、「Aさんは本当は父Gと母Nの子どもだったが、子どものいなかったF及びM夫婦に養子に出すことになり、初めからF及びMの子どもとして届け出られたのだ」ということでした。このことをF及びMに問いただしても、「何を馬鹿なことを言っているんだ」と言って取り合ってもらえません。
Aさんとしては法的にGさんの子どもとして扱われるのであれば、相続放棄をしなければならないと考え、ご相談にいらっしゃったという事案でした。
今回のように他人の子どもを自分の実子として育てるという慣習が昔の日本では一定数存在したようです。「藁の上からの養子」と言われるもので、子どもの養育のための養子ではありますが、虚偽の出生届を出し、戸籍に虚偽の記載をするということですから、その法的効果については問題があります。虚偽であることが明らかになれば、戸籍の記載は効力を失うことになります。
しかし、今回のように虚偽の記載かどうかを判断するのが難しい場合もあります。当事者であるG及びNが亡くなってしまっている以上、G及びNに問いただすことはできません。F及びMもそのような事実を認めないということになれば、DNA鑑定などを用いて親子関係を判断しなければなりません。しかし、長年育ててくれたF及びMを実の両親ではないと疑っているような対応をとることはAさんとしても難しいでしょう。
今回の件については、債権者と交渉の上、Aさんの戸籍上の記載が虚偽であるとの証明がないことを理由として、AさんはあくまでF及びMの子であり、G及びNは無関係であるという形で決着をみることができました。
今回のような「藁の上からの養子」の問題を解決するために、民法では特別養子縁組という制度が創設されています。通常の養子縁組では養子と実父母との間の親子関係は存続しますが(養子は養父母の子であり、同時に実父母の子でもあるということになります)、特別養子縁組では実父母との親子関係が基本的に終了します。この特別養子縁組は、子どもの年齢制限や試験養育期間が設けられていることや、家庭裁判所の審判で決定されることなどが特徴です。他人の子どもを自分の実子として育てるという場合には、虚偽の出生届を提出するのではなく、この特別養子縁組制度を利用して、後日紛争にならないようにしておくことが必要です。