当行は,事業者への事業資金の融資を行っている金融機関ですが,数年前,パチンコ店を営む事業者Aに対し,事業資金として総額5000万円を融資しました。先日,そのAから,経営するパチンコ店を閉店すること,弁護士に相談して破産手続きを取ることを検討中であることを告げられました。当行としては,Aが営業を終了してしまうと,債権回収が困難になり,数千万単位の損失を受けることになりますので,そのような事態を避けたいと思っています。閉店する店舗にはスロット機が数十台置かれており,ネットなどで調べると高値で取引されているため,これを売却することができればある程度回収が可能ではないかと考えているのですが,何か方法はないのでしょうか?
融資を実行する場合,保証人を付したり,不動産に抵当権を設定するなどして,担保を設定するのが通常と思われます。そのため,返済が滞った場合には,保証人への保証債務の履行請求,抵当権の実行などを行うことが考えられます。もっとも,保証人が支払い能力を十分に有しているとは限りませんし,抵当権についても担保に供することのできる不動産が存在せず,そもそも設定することが難しい場合も多いでしょう。
このような場合には,債務者の他の財産の差押え等の手段を検討することになります。今回の事例の場合,店舗に高価なスロット機が存在するとのことですので,これに対する差押えの手続きを行えば,その売却額から債権回収をすることは可能です。もっとも,差押えの手続きは,訴訟提起の上,判決を確定させるなどして債務名義を得ていないと実行できません。不動産と比べると動産の処分は容易ですので,速やかに訴訟提起をしたとしても,訴訟が行われている間に動産を処分されてしまうおそれがあり,差押えは困難となってしまいます。
そういった事態を回避するために,訴訟提起前に「仮差押え」の手続きをとることが有効です。仮差押えの手続きを取れば,対象となる財産の処分(売却や贈与など)は禁止されますので,訴訟提起をして判決が確定するまでの時間的な猶予が確保できます。仮差押え後,判決が確定すれば,差押えの手続きに移り,その財産を競売にかけるなどして債権回収を行うことができます。ただし,仮差押えの手続きについても,裁判所に申立てを行う必要がありますので,申立ての準備段階から仮差押命令が発せられるまでの間に財産が処分されてしまえば意味がありません。
したがって,債務者の財産の流出を防ぎ,債権回収に確実を期すために,あらかじめ債務者の所有する価値のある動産に担保を設定しておくことをおすすめします。具体的には,動産譲渡担保権という担保権を設定する方法があります。譲渡担保権を設定しておけば,債務者の所有する機械設備や在庫商品などを担保としつつ,債務者はそれらを引き続き事業に使用することができます。返済が滞った場合には,債権者は譲渡担保権を実行して,動産の所有権を確定的に取得できますので,その後売却するなどして債権回収を行うことができます。
今回の事例では,スロット機への譲渡担保権は設定されていないようですので,訴訟提起を見据えつつ,仮差押えの手続きを取ることになるでしょう。ただし,手続きをとるまでにスロット機が売却されれば空振りとなりますので,早急に手続きを取る必要があります。今後は譲渡担保権の設定など,債権回収を確実とするための事前の備えをすることもご検討ください。