事案の内容
ある日、Aさんは隣人であるBさんから、「お宅の建物が境界をはみ出している。うちの敷地に入って建てられているから取り壊してほしい」と言われてしまいました。Aさんが自宅を建てたのは30年以上前であり、これまでBさんからそのようなことを言われたことがなかったので、Aさんは驚きました。その場では返答をしなかったAさんでしたが、後日Bさんは「境界について測量士に頼んで測量してもらった。その図面がこれだが、やはりお宅の建物が境界を超えている」と言われました。Aさんは見せられた図面にBさんから求められるままにサインをしました。しかし、どうしても納得できなかったAさんがご相談にいらっしゃいました。
事案の解決
土地の境界問題は、県内でも多く発生しているところです。きれいに区画整理されている地域であればよいのですが、そうでない場合には、長年にわたって境界があいまいなまま時が流れていることが少なくありません。
今回のように、仮にBさんの主張するようにAさんの建物が当初からBさんの敷地に入り込んで建てられていたとすれば、Aさんは他人の土地を使用していたことになり、そのような状態が30年以上も続いていたことになります。民法は162条1項において「20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する」と規定されています。今回のAさんの場合には、自宅建設当時から自宅の敷地として使っていたのですから、「所有の意思をもって、平穏に、かつ公然と他人の物を占有した」といえ、取得時効が成立する可能性がありました。
一方で、取得時効は単に20年間という期間が経過するだけでなく、時効を主張するという意思表示である「援用」が必要になります(民法145条参照)。今回のご相談では、Aさんが時効の援用をする前に、Bさんから求められた書面にサインをしていることが問題となります。この書面を拝見すると、Bさんが主張するように、Aさんの建物がBさんの土地に入り込んでいるおり、本来はBさんの土地であることが確認されていました。
このように時効完成後であっても、時効援用を行わずに、時効の援用を放棄するような態度(今回の事例でいえば、Bさんの所有権を認めていることは、取得時効の主張をすることとは矛盾しますので、時効の援用を放棄したと考えられます。取得時効の主張をするのであれば、Aさんとすれば「たしかに境界は超えていたかもしれないが、自分の土地だと思って使っていたのだから、もはや超えていた部分は時効で自分のものになっている。取り壊しには応じない」というべきであったと思います)をとっている場合には、時効の援用を放棄したものと考えられ、時効主張ができなくなってしまうのです。
今回の事例では、以上のような経緯をふまえ、取得時効の主張は難しいものの、Bさんが求めてきているような、建物全部を取り壊す必要はないことから、建物全部を取り壊すにあたり、越境部分の撤去費用はAさんが負担するとしても、その他の費用はBさんに負担してもらうことができないか、交渉することになりました。Aさんとしては、何気なくサインしたものが、法律上は大きな意味を持ってしまうという恐ろしさがあります。