【事案の概要】
AさんはBさんと夫婦となっていました。Bさんは前妻を亡くされており、前妻には子どもたちがいました。前妻の子どもたちはAさんとBさんが夫婦となることについて、表向きは反対しませんでしたが、Aさんは少し違和感がありました。その後、Bさんが亡くなり、Bさんの相続の問題が浮上しました。Bさんは資産家であり、多くの財産を残していたのですが、問題となったのは自宅でした。Bさんは晩年はAさんとともに自宅に二人で過ごしており、前妻の子どもたちは遠方でそれぞれ家庭を築いていました。Aさんとしては、自宅の名義が欲しいわけではありませんでしたが、自宅に最後まで住むことができるようにしたいという希望がありました。遺産の分割にあたって、前妻の子どもたちとAさんは協議をしましたが、合意には至らず、Aさんは弁護士に相談することにしたのです。
【事案の解決】
遺産分割については、当事者間で話し合いが難しい状況であったことから、調停を起こすことになりました。具体的な分割方法ですが、Aさんの住んでいる自宅は比較的価値が高く、もしAさんが自宅を相続するということになると、遺産の多くの部分を相続することになり、他の財産を相続することができなくなる見込みでした。Aさんとしては、自宅の名義が欲しいわけではなく、最後まで安心して住むことができるようにしたいというお気持ちでした。また、今後の生活という面でも、預貯金や現金といった利用しやすい財産もできるだけ想像したいという意向も持っていました。
そこで、調停においては配偶者居住権の主張を行うことにしました。配偶者居住権とは、被相続人の配偶者が被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合、その居住していた建物の全部について無償で使用及び収益をする権利をいいます(民法1028条)。この配偶者居住権を取得する場合には、配偶者居住権を金銭評価し、その評価額を相続した扱いとなります。一方で建物については建物全体の評価額から配偶者居住権の評価額を控除した残額を相続した扱いとなります。これにより、Aさんからすれば建物の所有権を主張するよりも安価に配偶者居住権を取得することができることになります。その分、預貯金といった他の相続財産についても受け取ることができるようになるのです。
ただし、今回の事案では、建物が比較的新しかったこと、Aさんが若かったこともあり、配偶者居住権の算定額がかなり大きくなってしまいました。建物の評価額に近くなってしまったこともあり、建物の所有権を取得するということもあり得た事案でした。ただ、建物を所有すると固定資産税の負担や今後の修繕等の管理、土地の地代をどうするかといった問題が派生する可能性がありましたので、Aさんと協議した結果、配偶者居住権を取得することで調停成立となりました。
配偶者居住権が問題になる相続事案は、今回のように血のつながりのない親子関係で起きうるものと思います。実の親子間であれば、親を追い出すようなことは余程関係性が崩れていない限り心配することはないのではないかと思います。配偶者居住権を利用する場面は多くはありませんが、今回はAさんのご希望がまさに配偶者居住権が創設された趣旨に合致していましたので、配偶者居住権を設定する形で解決を図りました。配偶者居住権は平成30年に改正された比較的新しい制度です。今後算定方法などが確立すれば利用が進むかもしれません。