事案の概要
依頼者のAさんは、電子書籍制作の事業を行うB社を退社後、個人で電子書籍の製作の仕事をしていました。Aさんは、B社にて勤務をしていた際に使用していた電子書籍の製作を効率化するツール(以下「ツール」といいます)を使用して退社後も電子書籍の製作を行っていました。
ところが、退社から1年ほど経った頃、Aさんは、B社よりツールの使用に抗議する連絡を受け、驚いたAさんはツールの使用を止めました。
その後、Aさんは、B社より、ツールはB社が著作権を有する著作物であり、Aさんがツールを無断で使用したことにより損失を被ったとして、数百万円の損害賠償を請求する旨の連絡を受け、当事務所に対応を依頼されました。
一時は一定額の金銭の支払いも検討しましたが、Aさんは、ツールについてはB社より使用の許諾を受けていたとの認識を有していたことから、賠償義務の存在を争うこととし、支払いを拒否したところ、B社はAさんに対する損害賠償請求の訴訟を提起しました。
事案の解決
訴訟の中で、当方は主に、①ツールは著作物に当たらないこと、②ツールが著作物に当たるとしても、AさんはB社よりツール使用の許諾を受けていたこと等の主張を行いました。
当然ながら、B社は当方の主張を争い、一度は裁判所からAさんがB社に賠償金を支払う内容の和解を勧められました。しかし、Aさんはあくまで賠償義務を争う姿勢を貫き、和解を拒否しました。
著作権法により保護される「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とされています(著作権法2条1項1号)。これはコンピュータのプログラムであっても同様であり、ソースコード(プログラム言語によって記述されたコンピュータへの指令の集合体)に創作者の思想又は表現が創作的に表現されていれば(これを「創作性」などといいます)、著作物として著作権法の保護が及ぶことになり、逆にソースコードがありふれたものであれば、そのプログラムは著作物とはいえず、著作権法上の保護は及ばないことになります。
本件において、ツールが著作物に当たることは、著作権侵害を主張するB社が主張立証を行わなければならない事項でしたが、B社はツールの有用性を主張するばかりで、ソースコードのどの部分に創作性があるかについての主張立証をほとんど行わなかったため、当方としては、ソースコードの創作性についての主張立証が尽くされていないことを主張しました。そして、和解協議が決裂した後、裁判所もB社に対しその点の主張立証の補充を指示したところ、ほどなくしてB社は訴えを取り下げ、訴訟は終了しました。
B社が訴えの取下げを決めた理由は不明ですが、ソースコードの創作性の主張立証が困難と判断したのではないかと思われます。
当事務所に来られた当初のAさんは、B社から損害賠償請求を受けて困惑している様子でしたが、著作権侵害を争う姿勢を貫いたことにより、結果として訴えは取り下げられ、B社に対する支払いを一切行わずに訴訟は終了しました。