3月11日の東日本大震災以降,福島第一原発の1号機から4号機の建屋で次々に爆発が起き,大量の放射性物質が環境に放出されました。
3月15日ころまでに放出された大量の放射性物質は風に乗って北西方向,さらに阿武隈山系に沿って流れ,折からの雨や雪とともに地面に降下しました。その結果,福島市や郡山市など,中通りの人口密集地までもが,かなりの高濃度で放射性物質に汚染されました。原発事故から約4か月を経過した今でも,福島や郡山では,毎時1.5μSv(マイクロシーベルト。シーベルトの100万分の1)前後の環境放射線量が観測されており,状況は根本的には変わっていません。
一度に100mSv(ミリシーベルト。シーベルトの1000分の1)程度以上の放射線を浴びると,急性の健康影響があるとされています。福島や郡山で観測されている程度の低線量を浴びても,急性の健康影響は出ないことは,専門家も一致する結論です。しかし,低線量の放射線を長期間浴び続けた場合の健康影響については,現在の医学でもはっきりしたことは分かっていません。国際放射線防護委員会(ICRP)は,低線量被曝の健康影響の目安として,100mSvの被曝をすると,長期的に見て癌で死亡する確率が0.5%程度上昇するとしていますが,これはあくまでも目安にすぎません。ICRPは,たとえ,これに満たない低線量の被曝でも,長期的に見れば,癌などの発症リスクが高まることは否定できないことから,被曝線量をできるだけ低く抑える(As Low as Reasonably Achievable=ALARA)という考え方に立って,平常時の一般人の(自然放射線を除く)被曝線量を年間1mSv以下に抑えるよう勧告しています。さらに,幼児などの子どもは,体の成長期にあり,放射線への感受性が高いこと,また,被曝する期間が長くなることから,健康影響を深刻に考えていく必要があります。
こうした放射線防護の考え方からすれば,被曝する放射線量は,少なければ少ないほどよいのは当然です。放射線被曝には,?体外の放射性物質から放たれる放射線を浴びる「外部被曝」と,?呼吸や水,食事などによって体内に放射性物質を取り込むことにより,体内から被曝する「内部被曝」があり,両方を防ぐ対策が必要です。今現在は,原発から大量の放射性物質が大気中に放出され続けているという状態ではないので,呼吸によって大量被曝をすることまで心配する必要はないとは思いますが,内部被曝を防ぐためには,水や食料の放射性物質汚染に気をつける必要があります(野菜については,水で洗ったり,野菜を薄い酢水につけると,放射性物質が溶け出すと言われています)。外部被曝については,雨水のたまるようなところを水洗いする,外出したらシャワーを浴びるなどの方法で,少しでも被曝線量を減らすことができると言われています。
ここで,ご紹介したい福島県内の学校の取り組みがあります。
県内では,学校の校庭に降下した放射性物質を取り除くために,校庭の表土を削る等の対策が始まっています。ただ,校庭の表土は削っても,中庭については表土を削る工事がされていないので,中庭に面した1階の教室は,中庭の表土に降下した放射性物質から放たれる放射線によって,放射線量が高くなる傾向があるようです。こうしたことから,郡山市立橘小学校では,父兄などから飲料水のペットボトルを集め,水を入れて,教室の窓際に並べたり,使わない下駄箱に水入りのペットボトルを並べ,教室の外に置くという独自の取り組みを行っているそうです。
橘小学校のホームページなどによると,この取り組みによって,教室の線量が平均で半分程度,特に窓際は3分の1程度に減らすことができたということです。水は効果的な放射線の遮蔽剤ですから,γ線のような強い透過力を持った放射線も,ある程度遮蔽効果が期待できるという理屈です。言われてみれば,確かに理にかなっています。
おもしろいのは,橘小学校の先生方が,これを「新ヤシマ作戦」と名付けていることです。「ヤシマ作戦」というのは,アニメの「新世紀エヴァンゲリオン」に出てくる作戦の名前で,敵を倒すために,節電や計画停電をするという作戦なのだそうです。東日本大震災と原発事故を受けて,ネット上で「ヤシマ作戦」という名前で節電の呼びかけがなされましたが,これをもじったネーミングのようです。非常に困難な状況の中でも,学校の先生方がみんなで知恵を絞り工夫しつつ,しかも楽しみながら取り組んでいる様子がうかがえます。
「そんな努力をするより,子どもたちを避難させればいい」という意見もあるでしょうが,県内(浜通り,中通り)にとどまっている家庭には,それぞれの事情があり,子どもたちを避難させることのできる条件が整っている家庭はそれほど多くないでしょう。また,家族を引き離して子どもたちだけを避難させることは,かえって家族に不幸をもたらすことにもなりかねません。そうしたことを考えると,地域にとどまりつつ,できるだけ健康影響を少なくする努力をしていく(それも,できるだけ楽しく)という先生方の姿勢には,多々学ぶ点があるのではないでしょうか。
最後に強調しておきたいのは,今回の原発事故とこれによる放射性物質汚染は,国や東京電力が,「安全神話」によりかかって原発建設を推進し,安全対策を怠ってきたことによるものであり,明らかに「人災」「公害」と呼ぶべきものだと言うことです。その意味では,国や東京電力は,地域の除染などを行い,地域を元に戻すとともに,地域住民の健康影響を最小限にする責任があります。
汚染された地域の安全を取り戻し,また以前のように安心して生活できる地域にすることは,地域住民や自治体だけに任されるべき仕事ではありません。自分たちでできることに取り組みつつ,国や東京電力に,きちんとした対策を求めていくことが必要ではないかと考えます。
おことわり 筆者は放射線防護学や物理学の専門家ではありませんので,本文中,放射線の健康影響など,専門分野にわたる事項につい ての記載の正確性を保証することはできません。