県内に居住する甲さんは幼少時脳性マヒの障害を受けて「両上肢機能全廃」で身体障害者等級1級の認定を受け、生活保護で生計をたてていましたが、2003年に導入された支援費制度のもとで、甲さんは2003年4月から「125時間/月」の支給量で居宅介護の支援費の支給を受けてきました。
この支援費制度は従来の措置制度に代わるものでした。その趣旨は、措置制度のもとでは、行政がサービスの受け手を特定し、介護サービス内容を決定していましたが、支援費制度においては、障害のある人の自己決定を尊重し、利用者本位のサービスの提供を基本として、事業者との対等な関係に基づき、障害のある人自らがサービスを選択し、契約によりサービスを利用する仕組みにしたとされています。行政は、この介護の利用料金を支援費として支給し、障害のある人の自立と社会参加を保障しようというものでした。
ところが、その支援費の支給量が足りないため、甲さんはやむを得ずその不足分を生活保護法による「他人介護加算」を利用して有料介護サービスを受けてきました。しかし、2003年4月から2004年3月までの、支援費による介護サービスを除く一年間の有料介護サービスの料金は、「他人介護加算」の額を大きく上回り、一ヶ月平均で3万3000円を超えていました。これは毎月の生活扶助費を切り詰めて有料介護サービスの料金を支払わざるを得ないという実態を意味し、支援費の支給量が決定的に不足していることを表していました。
このため、甲さんは2004年6月、居宅生活支援費の支給量を「165時間/月」として支援費の支給申請を行いました。しかし、行政は、同年7月、説明がないままあらためて「125時間/月」の支給量しか認めない旨の一部不支給決定を行いました。甲さんはこの決定に対して、不服申立の手続を行いましたが、行政の結論は変わりませんでした。
そこで、甲さんは2005年1月、前記居宅生活支援費支給決定のうち、「125時間/月」を超える支給申請を棄却した部分の取消を求める訴えを提起しました。2年半にわたる審理の結果、福島地方裁判所は、2007年9月18日に判決を下しました。
判決は、残念ながら、2006年4月1日から新しく障害者自立支援法が施行され、本件行政処分の根拠規定である身体障害者福祉法17条の5が廃止されたことにより、訴えの利益を欠くことになったとして訴えを却下しました(いわゆる門前払いの判決です)。
しかし、裁判所は事案の審理経過を考慮して本来の争点についての判断を示しました。その内容は、本件の処分が一部拒否処分であるとして、一部拒否したことの理由を附記しなかったことは行政手続法に違反する処分であったこと、生活保護による扶助があることを理由に支給量を制限したことは他事考慮による裁量権逸脱の違法があるとし、実質的には甲さん勝訴の判断をしました。他事考慮とは、本来考慮してはならないことを理由にして支給量を制限したということです。生活保護法は、その利用しうる資産、能力その他あらゆるものを活用した上で行われる制度ですが、生活保護を受けていることを理由にして支援費を制限するというのは本末転倒の考え方であるというのが判決の考え方であり甲さんの主張であったのです。
この裁判は、結果的には勝負に負けましたが、すもうで勝った事案でした。その証拠に、判決確定後、甲さんはあらためて「207時間/月」の支給量で支援費支給の申請をしたところ、行政は甲さんの申請をすべて認めざるを得ませんでした。
行政を相手にして裁判を起こすということは大変なことかも知れませんが、権利は裁判や裁判外で闘うことによって勝ち取ることができるということを、この事案は教えてくれています。