安倍首相は,2015(平成27)年の2月,国会での施政方針演説で,子どもの貧困に関して,「子どもたちの未来が,家庭の経済的事情によって左右されるようなことはあってはなりません」と述べました。しかし,この演説に逆行するような生活保護行政が行われています。
県内で実際に起きた事例をご紹介します。
生活保護を受けている家庭のお子さんが,県立高校に進学しました。中学校の成績も優秀で,本人のがんばりが中学校の先生にも認められ,先生の紹介で,市ほかの返済不要の奨学金を受けられることになりました(年間10数万円)。ところが,市の福祉事務所は,「市などから支給された奨学金は全額収入として取り扱うので,奨学金相当額を生活保護費から差し引く」と決定してしまいました。
現在の生活保護行政の取扱いでは,生活保護受給世帯に何らかの収入があれば,それは保護費から差し引くことになっています(実際には,世帯の経済的自立を促すなどの目的での控除などが認められますので,必ずしも収入全額が差し引かれるとは限りません)。また,世帯に高校生がいる場合,高校の授業料や教科書代などの最小限度の通学費用は生活保護費(生業扶助費)から支給されますが,例えば修学旅行の積立金などは生活保護費からは支給されませんので,本人がアルバイトするなどした収入の一部を積立金などに充てることが認められています(収入が修学旅行の積立金などに充てられる場合,その部分は収入としてはみなされず,生活保護費の支給額は減らされない)。
実際に高校に通学して高校生活を送る場合,修学旅行費や参考書を買うなど,さまざまなお金がかかります。しかし,それらの全ての費用が生活保護費として支給されるわけではありません。そのため,実際には,生活保護を受けている世帯は,生活を切り詰めたり,本人がアルバイトをするなどしてそれらの費用を支出しています。
今回のケースでは,もともと,生活保護費だけではまかなえないさまざまな進学費用(修学旅行費や参考書代など)に充てることを考えて奨学金を受けられることになったものですが,それが全額世帯の収入とみなされ,その分,生活保護費が減らされることになってしまいました。つまり,奨学金を世帯の最低生活のために使わなければならなくなってしまったのです。
子どもの勉学意欲を支えるために市が支給した奨学金を,生活保護の減額という形で,市が自ら取り上げ最低生活の維持に使うことを強制するということが,果たして許されるのでしょうか。これでは,全く奨学金の意味はなく,「生活保護世帯の子どもは,高校に通う必要はない」と言わんばかりではないでしょうか。
この世帯は,現在,決定の取消しを求めて行政不服審査請求をしていますが,安倍首相の「子どもたちの未来が,家庭の経済的事情によって左右されるようなことはあってはなりません」という言葉を実現するためには,高校の授業料を無料に戻す,生活困窮世帯への進学費用の給付の拡大などとあわせ,生活保護世帯について奨学金を収入とみなさないようにするなどの制度の改善が必要です。
子どもの貧困対策法が制定されたいま,「貧困の連鎖」を断ち切り,子どもたちの勉学の希望を実現するために,大人としてどうすべきか,みんなで考え,行動していきましょう。
(弁護士 渡邊純)