運送会社(X)で,トラックドライバーとして勤務していたYさん。雪道でスリップ事故を起こし,運転していたトラックを壊してしまいました。事故については,Yさんにも過失があるのはもちろんですが,X社は,Yさんに「トラックの修理や買い替えに一千万円かかった。また,修理中はトラックを運行できず休車損害が出ているから支払ってもらう」などと言い,Yさんに無理矢理念書を書かせて,Yさんの給料から月々数万円を天引きしていました。そして,Yさんが給料天引きに耐えられず,X社をやめたところ,X社は「まだ念書の金額全部を支払っていない」として,Yさんに裁判で残額の請求をしてきました。
さて,みなさんは「事故を起こしたYさんには責任があるから,X社の請求は認められるべきだ」と思われますか。
もちろん,労働者が横領をするなど,故意に会社に損害を与えた場合,会社が損害全額を請求することができます。しかし,一般に,会社は労働者に仕事をさせて,そのことにより利益をあげているのですから,事業活動のリスクとして生じた損害の全てを,労働者のミスだからといって全額請求することはできません。この場合も,トラック運送を会社の事業としている以上,トラックが事故を起こす可能性は常にあります。しかも,会社は,自動車保険をかけるなどして,事故によるリスクを回避することもできます。そうしたことから,会社が労働者のミスによる損害の賠償を労働者に求める場合,不注意の程度など個別の事情にもよりますが,損害額の3割程度に減額される裁判例が多く存在します。
本件の場合,裁判では,X社が自動車保険からトラックの修理費用の支払いを受けており修理費用は保険金で全額まかなわれていること,休車損害についても,X社が主張しているよりずっと少なく,給料から差し引かれた金額よりも少なかったことなどが明らかになり,上のような減額を考えるまでもなくX社の請求には理由がないとして,Yさんの全面勝訴の判決が出され,確定しました。判決では,Yさんが書かされた念書についても,X社がYさんに請求した損害額自体が過大なものである以上,念書は錯誤によって作成されたものであり無効と判断しています。
さて,本件では,X社は,Yさんに対する過大請求だけでなく,明らかに違法な行為をしています。それは,給料からの一方的な天引き(相殺)です。労働基準法24条は,給料については,その全額を現金で支払わなければならないと定めています(賃金全額払の原則)。使用者が給料から相殺してよいのは,税金や社会保険料,あるいは労使協定で定めたもののほかは,労働者との任意の合意に基づくものだけです。本件の場合,X社はYさんに無理矢理に念書を書かせ,これを根拠に給料天引きをしていたのですから,労働基準法24条に違反していたことは明らかです(ちなみに,労働基準法違反については,刑事罰もあります)。このようなことをする会社は,まさに「ブラック企業」というべきでしょう。
みなさんも,仕事でミスをした時に,会社から給料天引きなどされていませんか?その会社は,もしかしたら「ブラック企業」かもしれません。注意しましょう。