借家人は、賃貸借契約終了の際に、賃借家屋を原状に回復して返還する必要があります。ここでいう原状回復とは、賃借家屋を入居時の元通りの状態に回復するという意味ではありません。賃貸借契約は、賃借人が賃借家屋を使用する対価として賃料を支払うという内容の契約ですから、賃借家屋の通常の使用に伴う汚損や損耗(通常損耗といいます)の発生は、賃貸借契約の性質上当然予定されており、これらの通常損耗は賃料によって賄われていると理解されているのです。
したがって、原則として通常損耗の範囲内であれば、原状回復義務を負うことはありません。問題はどのようなものが通常損耗といえるかですが、参考になるものとして、国土交通省が平成16年2月に公表し、平成23年8月に改訂した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」があります。これによれば、①建物・設備の自然的な劣化・損耗棟の経年変化(畳・クロス(壁紙)・床材等の変色、設備機器の通常使用による故障など)及び賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(電気製品による電気やけ、家具の設置跡など)については、賃貸人が負担すべきであるが、②賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等(不適切な手入れ、タバコによる汚損、用法違反等による設備の毀損等)は賃借人が負担すべきとされています。
また、仮に賃借人が負担すべきとされても、新品同様の状態に戻すことが求められるのではなく、建物や設備の経過年数も考慮されます。さらに、原状回復は損傷箇所の復旧を目的とするものですから、その範囲も可能な限り損傷部分に限定し、畳や襖などは原則として1枚単位、フローリングや壁紙は原則として平方メートル単位で補修費用を負担することになります。
ご相談のケースでは、建物や設備の損傷状況を確認した上で、通常損耗の範囲内といえるかどうかを検討することになります。通常損耗の範囲内であれば、賃借人が原状回復費用を負担する必要はありません。
なお、最近では賃貸借契約書の中に賃借人が通常損耗の原状回復義務についても負担するという特約(通常損耗補修特約)が付されている場合もあります。その特約は一定の要件を充たす場合には有効とされ、賃借人が通常損耗部分も含めた原状回復費用を負担しなければならない場合もあります。弁護士などに契約書をチェックしてもらうことをお勧めします。